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よくカメラ雑誌で眼にしていた渡部さとるさんの本、旅行好き&写真好きにとてもいい本だと思います。
感度分の16。
文中に出てくる「絶対露出を身につける法則」です。
ぼくは写真の勉強していないから、この法則知って以来、脱オートで撮影できるようになった。露出計ももってはいるけど、旅しているときにいちいち計るのは面倒。それにもし露出がうまくいってなくても、いいんじゃない?って。
カメラひとつにレンズ1本、フィルムも1種類だという彼の割り切りがすがすがしい。デジ一眼でねらってねらって撮っては画面で確認する風の、そういう撮り方してたら、旅してんだから写真撮ってんだかわかんなくなります。
ぼくは旅を楽しみたいほう。(もちろん写真撮る専門のひとはちゃんとやればいいと思います)
デジカメ使いの方々にも一度、感度分の16でフィルムを使ってみてほしいなぁ。旅が楽しくなりますよ。
ニーチェはよくわかんねぇなぁ、ってのが最初の印象。だから何をいいたいのか、そのロジックを追って追って、昔読んだ。
今年、本棚ながめてぱっと手にとったことがあって、ちょろちょろ読んでいたんだけど、やっぱりモノを理解するのに、年数はかかるもんだ。
「動物たちの批評。—動物たちは、人間を自分らと同類なもの、しかも極めて危険な風に動物たちの健全な常識を喪失してしまったものと、考えているのではなかろうかと思う。—つまり、狂った動物、笑う動物、泣く動物、不幸な動物だと考えているのではなかろうか。」
皮肉なものいいに、今ではぶっと笑ってしまいます。
最初に読んだとき(といっても何度も読み返しても)、何をいいたいのか?真剣に抽出しようとしてしまっていた。もちろん、そういう読み方をしたから、今では笑えるのかもしれない。
「悦ばしき知識」には、時代批評から彼の概念の説明へ、彼の認識が広がっていく様が現れていて、読み応えがあります。次第次第に、それまでの概念を読み替えること、それも皮肉たっぷりに、そこがすごく面白い。
と、仕事終わって、うどん屋で焼酎飲みながら読んでいたら、会社のひとが現れて、「へぇー、忙しすぎるひとかと思ったら、本なんか読むんだ」だと。
読むよ。
時間ない=本読まない、っていうこと公式が、あり得ないんじゃないか?
本は趣味にあらず。本を読みたいんじゃなくて、自分の思考を試したいんだけどな。
「24」のジャック・バウアーはまだ幸せなほうだと思う。土曜日から今日まで、ほとんど寝ていない。今からやっと寝ます。
最後に、もういっこニーチェの皮肉。
「内密の敵。—内密の敵を持ちつづけておれるということ—これこそは、気高い精神の持ち主たちの徳義心をもってさえ、なかなか手に入れがたいのが常である一つの贅沢なのだ。」
だから今日から、日々の闘争を贅沢なものだと、ありがたく楽しませていただくことにします。
かかってこいや、おりゃぁ。
どうも先週から気分がのらない。ガス欠で坂道のぼれーってな具合で、運転手も乗ってるやつもやいのやいのいうだけ。なんの解決にもならない。
そういう具合のときに、まただめ押しで落ち込んでみる。だから押井守。
これ読むと堕ちるんだよなぁー。いっそ台湾に逃亡してしまおうかと思う。
で、飛行機代調べたら、今月すぎると高い。イビサも高かった。しばらくいけねえや。いや。逃亡なら片道じゃねえか。つっても勇気なし。へいへい、肝っ玉小さいです。
急遽、草むしりと除草をせねばならなくなり、昼間に単純な作業をしていると少し気分は和らぎます。同時に、猛烈に後悔と、懺悔と、空虚が襲います。考える時間で何かできればいいのに。
動け。
ハッセルを買ってからそろそろ2年が経過します。
いい買い物した。
ますます愛着が湧いてくるし、週末ぐらいしか撮れないのだけど、だんだんイメージがつかめてきた。
カメラを買ったのは、はじめて時計を買ったのと同じ理由で、これから見るもの、体験することを大事にしてみようかっていう変化です。30歳になる前後、ぼくの環境はがらりと変わっていって、母の病気と怪我と入院とリハビリ、その影響をもろにかぶった父の変化、あと結婚しようかどうか的なアレ、よくまぁいっきに来るわ、と思いましたよ。
結局、よかったんです。
注意深く見るようになりましたから。
写真と同じで、よく見て、何をフォーカスして、何をはずすか、選択することが大事なんじゃないかと。
デジカメ使わずに、トロイカメラばかりつかっているので、一瞬だけど、頭の中ではゆっくり取捨選択しています。
何を食べて、何を呑もうか、それといっしょだな。
エリオット・アーウィットの写真集(何必館で買った図録)見てて、どう世界を見ているか、コトバだけじゃ伝えらんないね、と思いつつ、今日は早く寝て、老人と同じ時間におきます。おやすみなさい。
2時間くらいうたたねしていたら完全に目が覚めてしまい、眠れず。
また写真をスキャンしていたのだけど、写真撮り足りないなぁ。
来週はどこか行こうかなぁ。
ととりとめもない空想。空想するときは大概、現実的に頭を占領していることを追い払うとき。
こんな雨だから山はやめたほうがよさそう。
じゃあ海だ。
という考えにいたったとき、杉本博司の海景シリーズを思い出した。雑誌にでていたのしか見ていないから、これちゃんと買いたい。
来週は上総一ノ宮にひさしぶりにいこうかしら。
海景
嗜好からすると通読するたぐいのものではないので、風呂はいりながらパラパラ読んでます。
おもしろいなぁーと思ったのは、明治からの線路の変遷。ここは面白い。日本にはもっと私鉄があって、砂利の運搬、寺社仏閣への参詣客の輸送、はたまた鉄道連隊の練習用などなど、交通の発達というのは国のかたちそのものじゃないかと思えるほど発見がある。
京成で成田いくときに、なんでこんなに曲がるの?って車窓を眺めながら煙草すっていたときのあの風景は、千葉の鉄道連隊の練習用線路だったのか!
このところ、amazonで買うことが減りました。本屋で、普段ならあまり気にならないものに、ピントが合う瞬間って、恋なんですかね?ふっと手にとって、興奮しちゃう、みたいなね。ちょいと鉄道、はまるかも。車両じゃなくて、線路ですが。モノよりも仕組みに興奮を覚えるタイプのひとにはたまらんでしょう。
ちなみに、車両か線路かというのは、モノか仕組みかだし、もっというと固有名詞か接続詞かです。歴史好きだけど人物に興味なく、流れを読むことにおもしろさを感じるひとなら、線路に興奮できるはずです。ぼくは固有名詞が苦手なのです。
